■有料老人ホーム・グリーン東京 強さの秘密(日経ヘルスケア21、別冊)
Part2 つねに最強を目指す!有料老人ホーム経営の極意
−「グリーン東京」社長 滝上宗次郎−
第1部 変化を続ける有料老人ホーム経営
バブルとその崩壊、そして介護保険の前と後と
バブル時は有料老人ホームの第一次ブームであった。数倍に跳ね上がった地価を避けて、リゾートに巨大なホームが建設され、定年後の田園生活を演出した。しかしバブルは続かず、地価下落という反動でとりわけ当業界の傷は深く、業績は長く低迷した。こうしたなかで、大企業のリストラで空き家となった独身寮を改築した小規模の介護専用型が市場を席巻する。立地も、コンセプトも、価格も様変わりとなり、ビジネスモデルが一変した。そのことへの深い理解が、今日の有料老人ホーム経営に欠かせない。
【第1部目次】
・誰でも儲かる不動産賃貸業
・致命傷となった5%基準
・業界構造を一変させた介護専用型の台頭
・対立する「在宅」医療と特定「施設」との二面性
・幕を降ろしたデンマークの生活支援法
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誰でも儲かる不動産賃貸業
介護保険がスタートしてから、有料老人ホームは第二次ブームに沸いている。医療ビジネス、介護ビジネスのなかで最有力業種としての有料老人ホームについて、本稿は論じる。
ところで、この「日経ヘルスケア」別冊への私の寄稿は実は二度目である。最初は、はるか昔の88年。当時は、バブルの絶頂期で有料老人ホームの第一次開設ブームで、リゾート地に大型の有料老人ホームが続々と建てられた。しかし、私が付けたタイトルはブームに冷水を差すかのような『安易な参入は危険な有料老人ホーム』であった。現時点で読み直しても、少しもぶれていない。時代や制度がいかに変化しても、有料老人ホーム経営の本質は不変だからである。
こういう書き出しである。「今日、ブームの観さえある有料老人ホームである。冷静に考えれば、この事業は際立って土地集約的・労働集約的であり、生産性が低いから、地価と人件費が高い日本では、産業全般の中で最も限界的な事業であることが容易に理解されるであろう」(別冊日経ヘルスケア第2集、1988年)。
いくらバブルによってブームとなっていても、常識で考えれば、日本では有料老人ホームという事業は土台無理というのが、当時の私の結論だった。なぜに強く警鐘を鳴らしたかと言えば、もう一つの理由は、多角化の成否とは本業とのシナジー効果にあるはずなのに、本業とは無関係にさまざまな業種が参入したからである。
誰もが簡単に儲かるのが有料老人ホームと安易に考えられていた。当時の新規参入は、上場会社では、鉄、ゼネコン、不動産、鉄道、生保、劇場といった多岐にわたる業種であり、非上場では中堅不動産や医療機関であった。しかしながら、有料老人ホームの本来の業務である、顧客への心温まる接遇をサービスの基本とする高級ホテル業界は、全く関心を示さなかった。
執筆した当時、私は赤字のグリーン東京の経営者となって1年半が過ぎていた。すでに、旧三井信託銀行との業務提携によって顧客の大量獲得に成功し、なんとか黒字転換を果たしていた。とはいえ、当ホームは「本物の終身介護の追求」や「10年後にも始まる要介護者の大量出現」による人件費の急膨張を予測して、とても生易しい経営ではないという困惑に覆われていた。同業他社をみても、いくら地価が安いからといって、通常ならば年に数日も滞在しない医療過疎のリゾート地に、都会生活に慣れきった住人を顧客にして「終の住処」を建設すること自体に、私は大きな疑問を感じていた。
次いで、こうも書いた。「この事業が(中略)我が国に根付くには、人件費産業であるから介護部分に充分な補助金を付与していくことである」。
つまり、88年にすでに私は公的介護保険の登場を期待していた。
というのも、当時は有料老人ホームの入居者が要介護となれば、同じ経営母体の特別養護老人ホームなどの公的施設に移すことが普通に行われ、しかも旧厚生省もそれを黙認していたからだ。旧厚生省は、特養を活用する有料老人ホーム事業者が、二重に介護居室を設備することの投資負担を大幅に軽くするために、なんと有料老人ホーム内での介護ベッドは定員のわずか5%でよいとし、それも相部屋で可としていた。つまり、ホーム内介護はゼロに等しかった。にもかかわらず、国は86年に「民間活力の活用を図ることに留意する」という「長寿社会対策大綱」を閣議決定していた。こうしてみると、「福祉の民営化」という掛け声は当時は有名無実だった。
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致命傷となった5%基準
しかし、国家経済の立場から考えてみれば、国民の税金で建設される特養を裕福な有料老人ホームの入居者が私物化するのは、福祉の理念に反するし、今流行の言葉で言えば「格差社会の拡大」である。したがって、自己負担で建設される有料老人ホームのなかに、公的な介護費だけを直接投与したほうが、ホーム内の終身介護が達成されて社会正義であるし、公費ははるかに安くつく。そして、有料老人ホーム事業者から見て最大リスクは予測不能の莫大な介護負担なのであるから、それが、公的介護保険によってヘッジできれば経営は安定し、本物の民営化が大きく前進して日本経済を助ける、と私は考えたのである。
少子高齢化の時代における解決し難い経済問題とは、増え続ける高齢者が裕福であっても「長生きの恐怖」によって金を使わないことによる経済規模の縮小である。介護費用の公費が投入されれば、財布の固い裕福な高齢者も、安心して消費を始めることができよう。
こうした私の考えは正しかった。要介護者を特養に移して介護するという先行事業者による慣例を積極的に黙認した旧厚生省は、計り知れない深刻な傷を当業界に与えることになったからである。「5%基準」では、増え続ける要介護者に対して、ホーム内での終身介護は不可能だからだ。しかも後年、介護保険が始まると隣接された特養は、むしろ有料老人ホームの事業者にとっては二重投資であり重荷となった。実際、現在では特養を併設するには立地が都心を遠く離れてしまうから、有料老人ホームにとって市場性がない。
この「5%基準」の決定的な誤りが指摘され修正されたのは、バブルが崩壊して有料老人ホームの第一次ブームが終わった後である。92年3月、当時の厚生省のドンであった岡光序治老人保健福祉部長は国会でこう発言して修正した。
「この5%というのは、現在65歳以上の人たちの中に占める寝たきり老人の実際の割合から、大体5%程度になっておりますものですから、割り出したものでございます。そういう意味では一般的な数字を用いているわけでございます。繰り返しになりますけど、(年々入居者の平均年齢が上昇する)終身介護型の有料老人ホームについては、定員の5%以上という縛りはきかないものだというふうに見ております」(衆議院議事録より、カッコ内は筆者の加筆)。
こうして、指導指針は次のように書き直された。
「……「介護居室」とは、有料老人ホームが自ら介護サービスを提供するための専用の居室であり、入居者の状況等に応じて適切な数を確保すること」。
官僚の作文とはかくも絶妙である。例えば25%といった具体的な数字を用いれば、当初の5%基準が間違っていたと認めることになる。また、このように数字を入れずに「状況等に応じて」とするならば、特養や老健に要介護者を移すか否かで必要ベッド数がホームごとに大きく異なるという業態格差に対しても、まるで矛盾がない。
とはいえ、バブルは既にはじけてしまっており、地価は奈落の底まで下がり続けて、後の祭りだった。先発組の有料老人ホームの介護は、同一経営体のなかに社会福祉法人を持ち特養を活用しているという事実さえも調査せずに、多数の上場会社が参入した。それほど、安易だった。そして、特養を持たない株式会社の有料老人ホームが多数建設されてしまっていた。それら建物は、一般居室がバリアフリーであるのと、わずかに相部屋の介護ベッドがあるだけで、残りは一般向けリゾートマンションと同じで、大浴場、大食堂、ロビーなどを備えていた。現在、これらホームでは入居者の高齢化が進み、プールなど無用の長物ともいえる共用施設も多く、入居者、経営者ともに困惑している。例えば、こういったホームでは認知症の介護がそもそも困難である。後年、そうしたバブル時に建設された有料老人ホームの中には、運よく隣接地を買い増しできて、介護センターを併設して問題を解決したところがいくつかある。しかし、その数は決して多くはない。
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業界構造を一変させた介護専用型の台頭
有料老人ホームが多大なる人件費産業であるという特徴は、その栄枯盛衰からも理解できる。バブルが崩壊すると、たちどころに有料老人ホームは構造不況業種となった。にもかかわらず、介護保険がスタートして人件費に多大な報酬がつくと、リゾート地から地価が高い都市部に立地を移すことも可能となり、日本の産業のなかで最も急成長する業種となった。こうしてみると、介護保険という制度があるならば、強まるばかりの国民の施設ニーズには、多額の税金を投入する特養ではなく、消費者保護がきちんと図られた有料老人ホームで対応するのが、国家経済からみて合理的だということがわかる。
ところで、バブルが崩壊してから、健康な入居者が入居する有料老人ホームでの顧客募集は他の不動産業の回復よりも、なぜに数年も遅れたのか。その理由は、入居一時金の手当が自宅売却資金によるものが大半であるために、バブル時に現出した東京23区で坪300万円といった高い住宅地価を、高齢者は長きにわたり忘れることはできなかった。さらに、土地神話がまだまだ残るなかで年々地価が値下がりし、自宅の売却をためらった。こうして、住宅ローンによって給与から支払う分譲マンションが早期に回復したのとは異なり、有料老人ホームへの入居は90年代後半まで長く低迷した。
このように高額な入居一時金方式が有料老人ホームの土台を揺さぶるなかで、その難問を見事に解決した革新的な企業群が新たに登場してくる。その登場は革命的であり、入居一時金ばかりか、従来の業界構造や経営手法を根底からガラリと変えてしまう異変を起こしたのである。
それは、バブルが崩壊して5年も経過したころ、リストラで不要となった大企業の独身寮を改装して、要介護老人だけを入居させる介護専用型ホームが続々と登場してきたことである。バブル時の介護専用型が地方にあり入居一時金が1000万円以上もしたのに比べて、立地は都市近郊となり、入居一時金も数百万円という「価格破壊」が起こった。当然、バブル時にリゾートに建設された数千万円もの健康型の有料老人ホームはさらに割高感が増してしまい、顧客募集は一段と困難になった。国民が有料老人ホームに求めるニーズも、定年後の気楽な生活から、ホーム内での終身介護にはっきりと変わったのである。
当時の私は、元銀行員であったから、いくつもの銀行から、貸し出しの焦げ付いた取引先が保有するリゾートマンション、ビジネスホテルが介護専用型の有料老人ホームに改築できるか否かの問い合わせが、設計図面とともに殺到していた。その数は恐ろしく多く、これらすべてが介護専用型に転換したら、グリーン東京でさえも顧客募集が困難になると恐れたものである。しかし、改築した介護専用型の有料老人ホームは、要介護の高齢者にとっては使い勝手が悪いということが、じきに判明する。
そこに登場したのが、(株)メッセージである。新設でありながら、入居一時金がゼロに近い。岡山の資本であったから、周辺に利用可能な独身寮がそもそも少なかったからであろう。土地と建物を自己保有せず、ホーム開設時の多額の利益を建物の減価償却で相殺しないという、新しい経営手法である。
こうして台頭してきた介護専用型の勢いは、介護保険が始まり、特定施設の制度ができると一段と加速した。もはや、介護専用型の独壇場である。介護報酬は、国家公務員の給与に合わせて決められたため高水準であったし、介護専用型はすべての入居者がその高額な保険給付の恩恵に浴するから、あらゆる追い風を受け、収益力と競争力を高めて爆発的に急増した。
現に、介護保険がスタートしてからの6年間に新規開業した有料老人ホームのほぼすべてが介護専用型である。こうして今や、社団法人全国有料老人ホーム協会のシェアは2割まで下がり、一方、介護専用型の有料老人ホームを主体とする特定施設事業者連絡協議会(特定協)のシェアは5割近い。業界団体が入れ替わったのである。当社も全国有料老人ホーム協会を退会して、特定協に加盟した。ちなみに会費は比較にならないほど安く、逆に情報は洗練されていて使いやすい。
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対立する「在宅」医療と特定「施設」との二面性
本稿の主な目的は、グリーン東京の業態である、健常時から入居できるホーム経営について論じるものであるが、ここで介護専用型の行く末について簡単に私の見解を述べておきたい。
有料老人ホームは、介護保険法では在宅に分類され、医師の配置義務もない。そのため、数十人もの入居者への治療は一人ひとりが「往診」として扱われて厚遇ともいえる高い診療報酬がつくから、ホーム周辺の医療機関の側から積極的にアプローチを受けて、医師の確保に苦労はなかった。しかし、今後は集合施設(同一患家)とみなされて、従来の在宅医療の恩典は次々と剥がされていくのであろう。となると、「大盤振る舞い」だった介護保険と在宅医療の双方に、介護専用型は経営を依存しきっているだけに、今後は経営の巧拙によって二極化は避けられまい。
あるいは、総量規制の恩恵を受けて、入居一時金や月々の費用を値上げすることで経営していくのであろう。つまり、医師を配置せずに医療サービスを受けていた有料老人ホームに対して、国は今後は自己負担を強いるということである。特養や老健施設などで生活している要介護者が容易に往診を受けることができないという厳しい現実からして、今後は有料老人ホームの入居者が自己負担を強いられても、それは公平というものだろう。ただし、入居者が直接に自己負担して往診を受けるとなると、「混合診療」となり全額が自己負担となってしまう。そこで、有料老人ホームが医療機関に対して多額の協力金を支払うことで、往診を確保することになるだろう。
有料老人ホームにとって医療は重要であるから、詳細を原理的に説明する。有料老人ホームは医師の配置義務がない。バブル時は、ほとんどの入居者は健常であったからである。その代わりに、旧厚生省は「有料老人ホーム設置運営指導指針」のなかに、医療機関と契約して協力医療機関を作ることを定めていた。それが、介護保険が始まると、介護報酬は高額だから、要介護の入居者を協力医療機関に「通院付き添い」することを「介護保険の対象内サービス」としたのである。つまり、特別養護老人ホームと異なり、確かに医療は「介護保険報酬の外付け」であるが、医療機関までの通院付き添いは「介護保険内サービス」である。となれば、医療機関からの往診は、介護報酬と医療報酬からの二重取りとなるから、制度面からして相当に制限されて当然である。
さらに言えば、この4月から、医療機関が医師を有料老人ホームに派遣してこなくなったという理由は、制度が変わって突然往診そのものが禁止されたわけでは決してない。特養の入居者に対しては、厚生労働省は「施設に入所している患者に対してみだりに診療を行ってはならない」としているが、有料老人ホームは医師からのアクセスは自由である。にもかかわらず、有料老人ホームへの往診を拒否したのは、ひとえに診療報酬の大幅な減収にあるのだから、その分を有料老人ホームが医療機関に補填することで、解決する話であろう。となれば、今後の有料老人ホームの料金体系は、長く続いた価格戦から値上げに転じると思う。
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幕を降ろしたデンマークの生活支援法
バブル崩壊後の長く続いた有料老人ホーム動乱の時代を、当社は何とか対応することができた。この時代の当社の最大テーマは、「認知症も含めた終身介護」や「介護保険スタート時の介護一時金返還」「消費者契約法への準備」などであった。その実現を可能としたのは、私が経営者になって直後の海外視察にあった。
88年の春。銀行員から経営者に転じたばかりで右も左もわからず暗中模索していた私は、経営手法を学ぶために有料老人ホームの先進国、アメリカを視察した。そこで見た発見や驚きを、88年秋に出版された「日経ヘルスケア」別冊への寄稿で次のように書いた。
「民間事業として繁栄をみた100万床を超えるナーシングホーム産業が、今や人件費の高騰とメディカル・メディケイドの後退によって介護レベルの低下を問われ、業績も悪化して昔日の面影をすっかり失っている」(注:メディケアは州ごとに言い方が異なり、カリフォルニア州ではメディカルという)。
本誌の読者ならば知るように、米国のナーシングホームとは目下の大ブームとなっている日本の介護専用型ホームに似ており、メディケア・メディケイドとは日本の介護保険と高齢者医療保険に相当する。
先進諸国に共通する悩みは、少子高齢化である。高齢者が急増するなかで社会保障費をいかに縮小するか、公的な老人医療・福祉の給付をいかに抑えるかである。そのため、日本に先行する欧米諸国の動きは大変に参考となる。高齢化問題では、他国の歴史は日本でも同様に繰り返すからである。その理由は、東西冷戦の終焉にあると思う。冷戦が終わり、壁が取り払われて、西側の技術は人件費の安価な東に流れ込んだ。そして、労働集約的な商品が東側から雪崩を打って輸入されてくる。そのころ、西側にとっての経済テーマとは、社会主義諸国に対する資本主義体制の優位という体制問題ではなく、延々と続く高齢化と少子化という体制内の人口問題に代わった。すなわち、今日の先進諸国の経済課題は、等しく少子高齢化のコストを負担する国内企業の疲弊にある。
現に、過去30年余りも繁栄した老人病院も、とうとう今後6年かけて療養病床が廃止されることになった。「実は療養病床の患者の半数がほとんど医療依存度がなかった」という関係者ならば誰もが知っていた事実を、昨年暮れに厚生労働省が突然発表したが、その時の資料を見ても、老人病院とはまるでかつての米国のナーシングホームのようだと思った。
それにしても私にとって、何よりも印象が強い国は福祉国家デンマークである。73年、20歳の学生であった私は、福祉活動を国家経済のなかに深く取り込んでいる北欧諸国や英国を見学した。とりわけデンマークは60年代の高度経済成長を受けて「大きな政府」に邁進していた。私が見学した翌年に、この世の天国に見えた「生活支援法」を制定する。76年から施行した生活支援法は、ノーマライゼーションの理念をすみずみまで拡大し、身障者には自治体が娼婦を提供したほどである。
しかし、私は米国を視察した翌年の89年に再度デンマークを訪問すると、すでに福祉の切り捨てが厳しく始まっていた。ある車椅子の高齢者はデイサービスの利用回数を減らされたことに対して、私の目の前で、自治体の職員に苦情を述べていた。自治体の福祉部長は、「高齢者人口は横ばいだが、80歳以上の人数が増えているので年々サービスは落とさざるを得ない」と語った。とうとう98年には生活支援法は廃止された。
興味深かったのは、こうした事実に反して、当時の日本のマスメディアは相変わらずデンマークの在宅福祉を賛美していたことである。理由は、介護保険に正面から反対した亀井静香議員に対抗するために、「デンマークの訪問介護システムはすばらしい」と大報道を続けたのである。どちらが正しかったかと言えば、亀井議員であった。この4月から、軽度の要介護者への訪問介護は原則打ち切られたからである。
読者の皆さんも、介護保険がスタートする直前の、新聞やテレビの報道内容を思い出せば、いくつもの上場会社がスタート当初は有料老人ホームではなく、大規模に訪問介護ステーション網を構築してしまった理由がわかるであろう。私は、日本の経営者は他国の高齢者医療・福祉の実情を自分の目で見る必要があると思う。
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