■論文「特養への入所制限は、介護保険を破綻させる」
私は、以下のように、介護保険の予算はすぐにも2兆円は急膨張すると推測するが、杞憂に終わればいいと思う。現在は、自宅に住む要介護者は平均して利用限度額の4割しか介護保険を使っていない。しかし、今後は利用率は跳ね上がるだろう。
2003年4月からは、施設への入所は、自宅にて訪問介護サービスを受けているものの、それではそのまま生活を続けることが困難な要介護者だけに、対象を制限してしまう。
この7月1日に、大臣からそんなように諮問を受けて、審議会はそのまま応じた。無論、入所制限に当たっては、「透明かつ公平に行われるように」と付言した。
すると、今後はいったいどういうことになるのか。
それは、こうである。
まず市区町村の保険者は、いったいどんな「透明かつ公平」な判定基準を用いて、多くの希望者のなかから、施設に入所できる者を選別するのか。
答えはあまりにも明白だ。
施設入所を優先される利用者とは、「要介護4〜5」と認定され、しかも在宅での利用限度額をほぼ使い切っている利用者である。
その最大の理由は、それら利用者を特別養護老人ホームに移しても、保険者である市区町村の給付費総額は不変であり、膨張しないからである。
しかも、来年度からは、個室で介護する特養では、月に5万円くらいのホテルコストをも利用者の自己負担にできる。市区町村にとっては損はないのである。
こうした選別の方法は、同時に、世間に対して、大義名分もまた成り立つのである。
もはや措置ではなく、介護保険の世の中である。社会保険であり、40歳以上の国民は全員、保険料を納めている。したがって、介護保険が始まる以前のように、行政が密室で入所者を「人的コネ」などで選別することは、猛烈な反発をくらい、不可能である。
個々の施設に、年に10名が新規に入所できるとして、それに対して、30〜50名という入所希望者が長期に待機しているのが現状の姿である。
したがって市区町村は、住民に対して、誰が見ても公平で客観的な基準を開示して、選別理由を明かにする必要がある。でなければ、住民はなぜ自分の老親が入所できないのかについて全く納得できない。どの住民も、きちんと保険料を納めており、施設入所の権利をもちながら、自宅にて家族の介護で疲れ果てているからである。
どの住民からも納得が得られ、施設に入所することが優先される、つまり、入所を許可された高齢者が、多数の待機者のなかから、「最も重厚な介護を必要としている」という判定基準とは、第一に、現に、在宅にて訪問介護サービスを大量に消費している高齢者である。他人の手を借りて生活しているという実績こそが、論より証拠である。次いで、第二の基準とは、要介護度の重い順番である。
なお、要介護度が重く、一人住まいで、家族も介護をするために訪問はしないという、完全独居の高齢者は優先順位がとりわけ高い、と理論的には考えられる。
しかし、そういう利用者は、現実としてどれほどいるのか疑問である。
というのも、多くの訪問介護サービスを受けていても、そもそも一人住まいで自宅で生活を続けていることは不可能であるから、そういう人はまず存在しない。そういう人は、すでに施設や病院で生活していて、自宅にはいない。
一人住まいで元気に暮らしていたが、あるとき脳卒中で倒れて病院に運ばれた。一カ月後に退院できることとなったが、ADL(身体動作能力)は回復せず、「要介護2」と認定された。となれば、自宅には帰らずに、施設へ入所するのが妥当である。ということは、繰り返すが、そういう利用者は自宅には見当たらない、ということだ。
「要介護4〜5」でなくても、たとえ「要介護1」で、毎日ホームヘルパーが自宅に1時間来てくれても、家族の介護は大変である。「要介護1」の痴ほうの高齢者ならば元気で、目が離せないから、家族は残りの「23時間」の見守りが必要となる。
介護保険は、2000年4月にスタートした。それ以前は、介護保険への期待は高かった。
介護は、ホームヘルパーに任せることで、嫁は家族介護から解放されるはずだった。高齢者は、住み慣れた自宅で訪問介護を受けることで、家族の手を患わせずに、生活できるし、そこで死ねるという在宅介護の夢が語られた。
しかし、それらは現実ではなかった。
介護保険がスタートして2年余が過ぎた。外からの介護サービスを受けても、家族の介護の負担はほとんど減らない、という事実が判明した。
だから、全国的に施設に希望が殺到しているのである。施設に入所すれば、家族の介護負担はゼロとなる。
こうしてみると、現在、自宅にいる要介護の高齢者210万の人々やその家族は、施設への優先入所権を確保するために、自宅での介護保険の利用頻度を一気に高めてくるであろう。
現在は、在宅での介護保険の利用率は限度額に対して4割ぐらいと大変に低い。しかし、2003年度からは、在宅介護サービスを利用限度額まで十分に使っていないと、将来、施設へ入所できない、と認識するからである。
家族介護とは、24時間365日の重労働である。そして何年も何年も、ときには10数年も続くが、終わる日を望んではいけないものである。いわば、ゴールのないマラソンである。
したがって、介護が大変になったら、そのときは施設に預けられるという安心感がないと、大半の家族介護はやっていけないと思う。
実際、当ホームの場合、「すぐにも入居したい。不安で不安で仕方がない」といって見学に来た高齢者やその家族が、帰り際に、「当面、入居は見合わせます」ということが少なくない。その理由は、介護のしっかりしたホームがあるんだ、と分かったので安心した。もうちょっと家で親子の同居を続けることにした、というものである。
介護に疲れ果てたときは、老親を施設に預けられる、と分かっていると、嫁はさしたるストレスもなく、介護を続けられるようだ。しかし、エンドレスだと理解すると、嫁は切れてしまう。
全国津々浦々にある特別養護老人ホームとは、そのような社会的な役割があるのだと思う。出来るうちは在宅で、家族介護が困難になったら施設に移る、というのが自然であり無理も少ない。
ところがである。2003年度からは、在宅での介護保険の利用率が低い、となると、施設へ入所することは困難となる。
人々は、こぞって在宅介護サービスを限度近くまで利用するようになるだろう。
ただし、低所得者は1割の自己負担が重すぎて、利用限度額の半分も、3分の1も利用できまい。となると、将来、施設にも入れない。これは最悪である。したがって、1割の自己負担については大幅な減免が当然である。
公立の学校では「ゆとり教育」が始まって、例えば、「円周率は3.14」ではなく、「3」だと教えるようになった。頭が良くても、一流の私立へは通えない低所得者の子弟にはお気の毒だ。明かに、学歴の差は、生涯所得の差につながるから、これで日本の階層社会は固定的となった。
社会保障や義務教育という最も政府の公的な責務から、日本社会は、どうも変になってきている。
国は、介護保険の目玉である「在宅」がうまく機能していない理由は、ケアマネージャーの不勉強にある、としている。そのために、これからは、ケアマネージャーに対して、介護保険の仕組みをしっかりと教える。それが、7月1日に決められた、施設への入所制限と並ぶ、国のもう一つの方針である。
ケアマネージャーは、その大半は、介護サービスを提供する事業者の職員である。
事業者の最大の関心は、自宅に住む要介護者がたくさん介護保険を限度近くまで使ってくれることに尽きる。
そのような売上の拡大は、今後は簡単である。
ケアマネージャーは、利用者や家族に対して、もっとたくさん介護保険を使わないと、いざというときに施設へ入所できませんよ、とアドバイス(脅迫?)できるからである。「高齢者はいつ痴ほうになるか分かりません。痴ほうになると、自宅では生活が困難ですし、家族は地獄です」といった具合である。自治体が印刷する介護保険の説明書を見せて、「これ、この通りですよ」と説得する訳である。
実際、今でも、すでに神戸市では、施設入所の選別のために「特別養護老人ホーム入所指針」というパンフレットを作っている。それを読むと、驚く。たとえ「要介護5」でも、在宅の利用率が4割未満では、施設への入所の可否は、「要介護2」の高齢者と同等の扱いとなってしまう。入所が極めて困難なのである。
2003年度からは、訪問介護において、事業者が得られる報酬は、これまでの1時間4020円から大幅に落とされる。
したがって、報酬単価が切り下げられたなかで、事業者が生き残っていくためには、猛烈に在宅サービスの「量」を増やさなければならない。猛烈な需要の掘り起こしが行われる。
幸い、要介護認定を受ける高齢者は急速に増えてきた。裾野は急速に広がっている。ケアマネージャーの仕事は、後は、山を高くするだけである。
現在の300万人の要介護者が、月に平均20万円のサービスを使うようになると、年間で7兆2000億円である。巨大なマーケットが誕生する。
介護保険は財政破綻する。
しかし、売上の6割が人件費であるから、失業率の高まりを抑えるだろう。それが明るい側面である。
現状よりも、在宅市場は2兆円は成長する。
その6割の1兆2000億円が人件費。それを、目茶苦茶に安くなっているホームヘルパーの年収100万円で割れば、120万人の雇用が新たに創出される。失業問題は、少なくとも完全失業率は一気に下がるというものである。
介護保険にものを言う有識者は多い。介護の経験がそうなくても、発言権があるところがたまらないのだろう。介護の経験がないから、その多くが、「在宅」を理想としている。そのために、新聞の記事までおかしくなる。
そうではなくて、施設介護と在宅介護とは、密接につながっている、と理解すべきだ。でなければ、今後とも介護保険は迷走を続けてしまう。
実際、現時点で、介護保険はどう費用が使われているのか。
総額の6割が、施設の運営費。2割が、ショートステイやデイサービスといった、自宅に住んでいる要介護者への、施設運営費。
残るのは、僅かに2割だが、グループホームも有料老人ホームの介護費も含めた、在宅介護費である(グループホームや有料老人ホームは、一見施設にみえるが、自宅である。自宅であり、生活の場であるにもかかわらず、狭い多床室で介護しているホームが多いことが、有料老人ホーム問題の根本である)。
介護保険は、「在宅」を支えるために、制度が作られたが、見事に失敗している。その徹底した解消策が、今回の、深謀遠慮の「特養への入所制限」だとしたら、やはり日本の官僚は鋭い。
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